世の中の出来事

○明治11年

・栃木県の足尾銅山の鉱毒垂れ流しによって、渡良瀬川流域に被害が出る。

○大正11年

・富山県の神通川流域で農作物の被害、カドミウムによるイタイイタイ病発生。

○昭和29年

・ビキニ水爆実験で、第五福竜丸が被曝する。

○昭和30年

・森永ヒ素ミルク事件。猛毒のヒ素が混入したミルクにより死者を出す。

○昭和31年

・熊本で水俣病が発生。異常な動作が住む人に現れ、後に水銀に汚染された魚介類を食したことが原因と判明した。

○昭和33年

・工場排水等の規制に関する法律(工場排水規正法)が制定される。

○昭和36年

・三重で四日市喘息被害。四日市の石油コンビナートの稼働による近接地域の呼吸器疾患のかかる人が多数発生した。

○昭和37年

・レイチェル・カーソンの「沈黙の春」が出版される。

 

・サリドマイド薬害事件。妊婦の鎮痛剤としてのサリドマイドを服用したことにより、奇形の赤ちゃんがと生まれた。

 

・ベトナム戦争で枯葉剤を大量に散布。のちに流産、異常出産、奇形児、肝臓ガンなどの事例が多数報告された。

○昭和39年

・新潟水俣病の発生。阿賀野川流域で有機水銀に侵された食物を摂取したことにより発生した。

○昭和46年

 「日本有機農業研究会」が発足する。

○昭和48年

 オイルショックが起こる。

○昭和49年

 有吉佐和子の「複合汚染」が朝日新聞で連載が始まる。

○昭和54年

・アメリカのスリーマイル島原子力発電所事故。原子炉の冷却系ポンプが故障し、大量の放射能漏れ事故が発生した。

○平成11年

・茨城の東海村原子力臨界事。多量の放射線を浴びた2人が死亡した。

○平成23年

・福島第一原発事故。建屋や送電設備などが大きく損壊し、大量の放射性物質が大気に放出された。

柿木村の出来事

○明治10年

・県から和紙原料の楮・みつまた・雁皮を奨励される。

 

○大正11年

・木炭同業組合を設立する。

 

○昭和28年

・柿木村水力発電所が完成する。一日の発電量は4,800kwアワーであった。

○昭和30年

・柿木村地区簡易水道が完成する。

 

・人口が過去最高の4,050人となる。

○昭和37年

・柿木中学校の生徒数が最高となる。(9学級、305人。)

○昭和38年

・豪雪災害(昭和37年2月からの積雪で柿木で2mを越す)

 

・学校給食(ミルク給食)が開始される。

○昭和49年

・福原圧史さんが複合汚染を読み、「農業後継者の会」のメンバーに連載を毎日読むように勧める。

○昭和55年

・岩国市の自給農産物を求める消費者グループと出会い、その交流をきっかけに「柿木村有機農業研究会」が発足する。

○昭和59年

・朝市が始まる。

○平成3年

・「柿木村統合振興計画」がつくられ、有機農業が正式に柿木村の施策となった。

○平成7年

・有機農産物流通センターが業務を開始する。

○平成9年

・道の駅「かきのきむら」がオープンする。

○平成17年

・隣町の六日市町と合併し、吉賀町となる。

○平成26年

・農協の合併や有機農業担当職員が置かれなくなったことを背景に、「食と農・かきのきむら企業組合」が設立する。